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2026年8月6日木曜日

Enemy Number One

アメリカ女子プロバスケットボール協会(WNBA)で、トランスジェンダー選手の試合参加に対する意見の相違を巡り、騒動となっている模様です。

インディアナ州を拠点とするチームIndiana FeverのSophie Cunningham選手がトランスジェンダーの選手(つまり生物学的な性は男性でありながら性自認は女性という選手)が女子チームの試合に参加することに否定的な意見を表明したところ、トランスジェンダーの権利擁護を主張する立場の関係者から猛烈な批判を浴びているというものです。政治的に保守派とされる立場の人たちはCunningham選手の意見表明を支持する一方で、女子バスケットボール協会内においてもCunningham選手の意見に反発を示す関係者はおり、これを報じるメディアも意見は二分しているようで、状況は混沌としています。

以下はどちらかと言えば保守的立場に立つニューヨークポスト紙のオピニオン記事からの引用です。


Indiana Fever guard Sophie Cunningham expressed a mainstream opinion in a very compassionate way, but it’s been twisted beyond recognition by the ultra-illiberal world of women’s sports.

In a long ESPN profile two weeks ago, she stated that while she wants to “extend love” to everyone, biological males identifying as women don’t belong in girl’s sports or locker rooms.

About 15 years ago, this would have been the most banal statement of all time.

But in 2026, Cunningham’s reality-based declaration has made her Enemy Number One in the WNBA universe, where one must only hold the approved set of progressive politics.

There, the backlash has been enormous.
(Kirsten Fleming. I know exactly why Sophie Cunningham is being demonized for her views on men in girls’ sports. New York Post. August 3, 2026.)


オピニオン記事の著者はCunningham選手は当たり前のことを述べただけ、と擁護していますが、その至極真っ当な意見表明により、


Enemy Number One


にされてしまった、と言っています。

この表現、その字面から意味するところは明らかですが、"Public Enemy Number One"というらしく、その定義は


the nation's most wanted criminal : the most dangerous threat to society
(Merriam-Webster Dictionary)


とあります。

この表現が初めて用いられたのは、定義にもあるように指名手配を受けている犯罪者を指したもので、1930年代に遡るようです。当時、「ナンバーワン」の指名手配者としてギャングの頭領であったアル・カポネが挙げられています。


"Public enemy No. 1" first appeared in the 1930s. The notorious gangster John Dillinger is often cited as the "FBI's first public enemy No. 1." In fact, the FBI never maintained a formal list of "public enemies." (Since 1951 the FBI has maintained a list of "Ten Most Wanted Fugitives" - the names of the "toughest guys" the FBI would like to capture; but they are not named in any particular order.) The Chicago Crime Commission, however, did have a list, publicizing through the media its first lineup of "public enemies" in April 1930. Containing 28 names, the list was headed by Al Capone, and by 1931, at least, he had been dubbed "public enemy No. 1."
(`Public enemy No. 1' appeared in 1930s. Deseret News. August 31, 1997.)


"Public Enemy Number One"はその後、指名手配犯罪者に限らず、上記の定義にもありますように、社会に害悪をもたらすもの、例えばタバコとか麻薬などを指して使われるようになりました。

WNBAでの騒動に関して言えば、オピニオン記事の著者は決してCunningham選手のことを"Public Enemy Number One"とは思ってはいませんが、敢えてこの表現を用いることでトランスジェンダー擁護派からの甚だしい憎悪が背景にあることを滲ませたものに感じられます。


2026年8月5日水曜日

idiolect

米NBCニュースの女性キャスターの母親誘拐事件発生から半年が経過しましたが、捜査は依然として進展しておらず、母親の所在も犯人特定に繋がる有力な手掛かりも得られていないという状況は変わっていないようです。

2月の事件発生以降、関連ニュースを関心を以って見ていましたが、報道される内容といえば、誘拐された母親の自宅の防犯カメラ映像に映った、容疑者と思しきマスクで顔面を覆った不気味な男の画像と、送りつけられた2通の身代金要求メールの存在くらいで、事件は迷宮入りした感があります。

このほど、2通のメールの文面が公開されたそうですが、警察当局は犯人特定の手掛かりが得られることを期待しているようです。


On Friday, exactly six months after Nancy Guthrie was abducted, police released two ransom notes in the hope that they would help identify her kidnappers.

(中略)

While the language in the notes might seem straightforward, police said the writer's "distinct linguistic characteristics" may be recognisable.

"There are a number of pieces of information in these notes that just might jar someone to say 'you know, I've heard that'," said Pima County Sheriff Chris Nanos.

A forensic linguist told the BBC it's possible to glean crucial information about a person from just a few sentences.

"It's built upon the premise that we each carry an idiolect, or a word print, of our own that distinguishes our language from others," said William Eggington, a retired linguistics professor from Brigham Young University who is now a forensic consultant.
(How ransom notes could help catch Nancy Guthrie's kidnappers. BBC News. August 4, 2026.)


犯人が書いた身代金要求メールからどういう手掛かりが得られるというのでしょうか?

それは、"idiolect"である、と記事にあります。辞書では、


個人言語(個人がその人生の特定の時期に用いることばの総体)
(研究社新英和大辞典)


とあります。"idiolect"は犯罪捜査に言語学の手法を用いる法言語学(forensic linguistics)の専門用語で、個人が人生の中で身につけた言葉の使い方、表現の癖、みたいなものだと言えます。我々は生きていく中で、独自の言い回しや表現の癖みたいなものを身に付けるようです。

法言語学の専門家によれば、身代金要求メールの文面に見られる特徴、例えば言い回しや能動態、受動態の使い分け、細かなスペルミス、等により、メールを書いた個人の学歴や教養レベルが推測できる他、犯人を知る関係者がその特徴に気がついて名乗り出る可能性も期待できるということです。

"idiolect"という単語の組成は、個人的な、特有な、という意味の接頭辞idio-、及び発話することを意味するギリシャ語legeinに由来する"logos"(言語、ことば)や"dialect"(方言、なまり)から成ります。接頭辞idio-を使った単語としては、特異体質や性癖を意味する"idiosyncrasy"があります。

余談ですが、AI(人工知能)が勤務先でも持て囃されて利用が推奨されていますが、同僚から受け取るメールから、これはAIが作った文面だな、とある程度の推測が出来るように感じています。それはとりもなおさず、メールの送信者であるその人個人の文体と違っていることによるもの、つまり"idiolect"なのですが、同じように感じていらっしゃる方はいませんか?

2026年8月4日火曜日

Schrodinger's ~

ようやく至った停戦合意も虚しく、イランは再びホルムズ海峡を封鎖すると宣言し、アメリカはまたしてもイランに大規模軍事攻撃を仕掛けると脅すという、元の木阿弥のような状況に戻った感があります。

邦紙やメディアの記事の見出しに見るイランとアメリカの応酬には、またか、との感を免れません。

直近では、トランプ大統領はイランへの軍事攻撃を見送ったとの記事を目にしました。そしていつもの、イランとの交渉がうまく進んでいる、という話なのですが、イラン側は交渉はしていないと否定。これまた、何度も見てきたような光景です。

こうしたニュースのヘッドラインの中で、"Schrödinger’s Iran talks"という見出しを見つけました。


Iran talks are on, or off, or somewhere in the middle.

It’s a familiar pattern at this point, which goes like this: The White House threatens strikes on Iran, backs down in the eleventh hour in the name of a coming deal and then grumbles over the collapse of the aforementioned agreement — leading back to the threat of military escalation.
(Schrödinger’s Iran talks. Politico. August 3, 2026.)
 

"Schrödinger"はオーストリアの理論物理学者Erwin Schrodinger (1887 - 1961) のことです。物理学を専攻された読者の方は、"Schrödinger’s cat"(シュレディンガーの猫)の話をご存じでしょう。文系で、理数系に弱く、特に高校での物理のテストでは一桁の点数だった小生ですが、シュレディンガーの猫の話はNHKのドキュメンタリー「アインシュタインロマン」で知り、非常に興味を覚えたものです。

この有名な「シュレディンガーの猫」の話は、量子力学における観測の不確実性を説明するたとえ話で、量子の状態が崩壊しているか、していないかは実際に観測するまで分からず、これは箱の中に置かれた猫が生きていると同時に死んでいるという、現実ではあり得ない状況に例えられる、というものです。(上述した通り、専門家でも何でも無い人間の説明ですので誤謬はご容赦ください。)

さて、"Schrödinger’s Iran talks"という見出しに戻りますと、現下のイランとアメリカの交渉というのは存在しているようで実は存在していない、あるいはその中間(on, or off, or somewhere in the middle)ということを、この有名な物理学者の名前を冠した「シュレディンガーの猫」の表現にあてはめたものです。

このような、あるとも無いとも断言できず、その中間のような状況を指すのに"Schrödinger’s ~"という表現を使うようです。つまり、実際のところよう分からん、ということなのです。


NATO is asking whether the United States under Donald Trump is still reliable. The answer is simultaneously: yes, no, maybe.

Schrödinger’s cat is the best-known image of indeterminacy: inside the closed box, the cat is both alive and dead. NATO now faces a similar ambiguity. Is the United States still reliable? Under Donald Trump, the most honest answer is simultaneously: yes, no, maybe.
(Schrödinger’s Trump. European Policy Center. Jun 11, 2026.)


Meanwhile, the mackerel are out there in their billions. Swarming towards the coast. Simultaneously endangered and self-evidently not. It was never the cats; these are Schrödinger’s fish.
(Tim Hayward. How mackerel became Schrödinger’s fish. Financial Times. March 7, 2026.)



2026年8月3日月曜日

search and seizure

このところ議論が喧しいFlock Cameraに関するニュースを今日も見ました。

Flock Cameraはプライバシーを侵害するものだという訴えがされているものですが、不適切な事例というのが次々と明るみになっています。記事によれば、Flock Cameraを使って交際相手の行動把握をしていたという警官が逮捕されるに至った事件があったそうです。

こういう事例が明るみになればなるほど、カメラへの破壊行為というのもエスカレートしているようです。Flock Cameraの利用制限の法制化の動きも出ているとあります。


Southold now has 11 Flock Safety cameras throughout the town. The tech, criticized as “Big Brother”-style mass surveillance systems for the local government, have been installed throughout Greenport, East Marion, Mattituck and Peconic, with the first four Flock cameras deployed in late 2022 while seven more were added last year.

Politicians on both sides of the aisle have introduced legislation in an attempt to cap Flock’s reach and strengthen constitutional unreasonable “search and seizure” protections.

State lawmakers are considering a bill that would restrict how government agencies can use and share the license plate data acquired through the cameras.
(Brandon Cruz. Flock Safety cameras vandalized on Long Island after accusations cop tracked lover. New York Post. August 2, 2026.)


その法制化の中身としては、カメラが取得する情報の利用制限を如何に行うか、ということが焦点となっています。

記事中の、


search and seizure


とは、訳すならば捜査と差押え、となるかと思います。アメリカ合衆国憲法においては、何人も不当な捜査を受けたり差押えの処分を受けることが無い権利が保証されており、"Fourth Amendment"として知られます。

捜査令状無く被疑者の扱いをして捜査を行うことは違憲とされており、過去には駐車違反取り締まりの目的でタイヤにチョークでマーキングをする手法が違憲との裁判所判断が出たくらいです。カメラの映像を利用して行動把握したり、不法移民の摘発を行うなどの行為は"unreasonable search and seizure"とされるのもやむなしといったところでしょうか。


2026年7月31日金曜日

edge case

先日取り上げました、自動車のナンバー自動読み取りができるセキュリティカメラであるFlock Cameraが米国内でプライバシー侵害で議論になっているという件で、今日読んだCNNの記事では同社のカメラが壊される事態に発展しているようです。

問題になっているカメラは自動車のナンバーに留まらず、ドライバーや歩行者含めてカメラが捉える対象の特徴までを記録し、個人の行動範囲の把握にも利用できるとされ、これに反発する一般市民らが同社のカメラにペンキをかけたり、破壊する行為に及んでいるというものです。

記事中、プライバシー上の懸念を象徴するエピソードが紹介されているのを興味深く読みました。

あるカージャーナリストが仕事で借りたクルマを運転していたところ、突然警察車両に取り囲まれたというものです。運転していたクルマのナンバーが盗難車として報告されていたということなんですが、当のクルマはレビューのためにディーラーから借り出したもので盗難車であるはずは無いのに何故・・・?

警察とのすったもんだのやり取りの末に判明したのは、盗難車情報データベースに入力されたナンバーが不完全だったことによる警察の誤認ということでした。Flock社のカメラが不完全なナンバー情報を元にジャーナリストのクルマを同定し、警察が駆け付けた、という訳です。

Flock社のCEOであるLangley氏はこの一件を、"edge case"であるとし、問題は(不完全なナンバープレート情報を入力できるような)警察当局のデータベースにあると言ったとあります。

この"edge case"という表現を知りませんでした。


Flock’s technology seemed to overlook the mix of large and small numbers on the Land Rover’s New Jersey dealer tags. “The Flock camera saw my entire plate, but it still flagged it as a match,” said Feder, who reviewed the photos the Flock camera had taken of his vehicle during his conversation with law enforcement.

On The Drive’s podcast, Langley told Feder the incident was an “edge case” and said the biggest problem in it was the “archaic” federal database. In Feder’s own writing about the encounter, he said that officers told him that he should keep the car parked at home for the time being, as he could be flagged again if another Flock camera picked him up in another town.
(T.M. Brown. Flock cameras are getting mobbed. CNN. July 31, 2026.)


手元にある辞書やいつもお世話になっているオンライン辞書を引いてみたのですがこの表現を載せているものは見当たりません。

ネットを検索してみますと、"edge case"というのはコンピュータサイエンスの用語らしく、システムなどが不具合を起こすケースのうち、普通ではない極端な状況や動作環境で発生するものを指すのだそうです。

"edge case"の"edge"には、端、へり、きわ、はずれ、といった意味がありますが、境界値といった言葉もあるように、コンピュータシステム等への入力パラメータとしてエラーや不具合を起こす限界値ギリギリという意味合いが"edge case"の"edge"には込められているようです。

Flock社のCEOは盗難車のナンバーとして入力された不完全な情報が今回の一件(すなわち警察による誤認)をもたらした"edge"であったと主張したいようです。

つまり、カージャーナリストが経験したケースは通常はまず起こり得ず、極端な例である、という主張です。

しかしながら、ナンバーが間違っているか否かに関わらず、同社カメラがナンバープレート情報を元に、そのクルマを探し出し、位置を特定出来る、という事実には慄然とさせられます。これが自動車のナンバーに限らず、カメラに映る個人の肌の色や服装、身体的特徴をも利用出来るという懸念が高まっていることを考えるならば、やはりプライバシー保護の問題は避けられないと思われます。